投稿

ラベル(実話)が付いた投稿を表示しています

タイ バンコク カオサン ゲストハウス栄枯盛衰

イメージ
三毛イキルがまだ若かった頃、日本人バックパッカーが溜まり場になっていたドミトリーの安宿があった。 カオサンにあったゲストハウスの名前は、ママ・ゲストハウス。 金欠の学生や無職の旅人が野宿するよりはマシと、仕方なしに泊まるような安宿だった。 当時1泊150バーツ前後だったかと、記憶している。 今よりも円高だったので、500円ぐらいで泊まっていた。 ベットの鉄パイプにある緑色のペンキが剥がれた2段ベッドに、人の重さで中央が窪んだマットレス。 若かった私は、やさぐれた旅人が多い、この安宿に衝撃を受けたことを、今でもよく覚えている。 中国の4合院のような、正方形の小さな広場の一角に、そのゲストハウスは面していた。 玄関には、コンクリート製の長椅子が、両端に備え付けられていた。 その長椅子が満席の時は、簡易テーブルと椅子を出して、見知らぬ貧乏人同士が、旅行談義に花を咲かせていた。 懐かしい思い出だ。今は、どうなっているのだろうか? 今回、数十年ぶりに、カオサンを再訪した。 ペンキアートで覆われた、細い迷路のような通路を抜けた先に、その宿はあった。 宿の外観は、こちら。 今も看板はかかっており、経営者が変わっても、まだゲストハウスを続けているのだろうか? ママゲストハウスの店名は、すでに無くなっていたが、コンクリート製の長椅子は、当時のまま残っていた。 停電時によく使っていた、白い蝋燭(ろうそく)でタイルが溶けた窪みも、まだ残っている。 あれから変わったのは、私の老けた顔つきと白髪だらけの外観だけ、と気づいた。 隣には、白黒の猫がいて、怪訝そうな顔をして、不審者の私を見つめている。 時の流れとは、このようなものか。 気だるいような、甘酸っぱいような懐かしい記憶。でも、悪い感じはしなかった。 80歳のおじいちゃんになっても、私が歩けるうちは、杖をついてでも旅を続けよう。 そう心に誓って私は、カオサンの思い出が詰まった場所を、後にした。 次回から、インド編です。 三毛イキルの外こもり写真(Adobe stock  トライアルDLは無料です) https://stock.adobe.com/contributor/210924992/mikeikiru 厳選された 1000 枚以上の写真を、無料ダウンロード公開中。

タイ バンコク 河口地帯 パクナーム市場の日帰り旅行

イメージ
バンコクの高架鉄道BTSのスクンビット線は、2018年に南東へ伸長した。 以前は、トンロー駅が最終駅だったが、今はサムットプラカーン州、ケーハ駅が折り返しの終点となっている。 その3つ手前の駅に、昔ながらの港町、パクナーム駅がある。 Googleマップを見ると、この駅の南にある河口に面した魚市場から、対岸の中洲へと渡し船が出ているようだ。 対岸にある海軍要塞跡地の島や、古い寺院にもいけるというので、このローカル船に乗りたいと、三毛は思った。 2025年のバンコクは、雨季明けが不安定で、スカイトレイン(BTS)に乗っている時にもスコールが降った。 BTSナナ駅からパクナーム駅へは1時間ほどかかったが、パクナーム駅に到着した時には、運よく雨が止んだ。 駅を出ると、屋台が道の両側に立ち並んでいて、何かのお祭りをやっているようだ。 タイ人に人気のお寿司や、ローカルフードの甘いちまきを買って、朝昼兼用の食事にした。 10分ほど歩くと、昔ながらのブリキ屋根の巨大な魚市場が見えてくる。 近隣の海や、河口で釣った新鮮な魚が、多く売られていた。 地元の野菜や、切り売りの肉を売るコーナーもあって、ここに行けば食材には困らないだろう。 市場の奥に、渡し船の乗り場があって、入り口のゲートを通過するときに、料金を支払う。 値段は、わずか片道6バーツ(30円)。 チャオプラヤ河の河口を、右岸から左岸に反時計回りで、交互に渡しているようだ。 対岸の乗り場に着くと、老朽化し使えなくなったフェリーが、何隻も係留してある。 そちらにも、小さな市場があって、お菓子や日用品、服を売る店がいくつかあった。 市場を抜けると、19世紀に建てられた巨大寺院が見えてきた。 縞模様の線が入った白い仏塔で、中央に赤い飾り布が架けられている。 仏教のお祭りをやっているようで、境内にも出店があって、参拝客で賑わっていた。 観光客は、お参りの前に小さな金箔を買って、景内の仏像に貼り付けてから、熱心にお祈りしている。 三毛も、これからの旅の無事を、仏様にお祈りをした。 白い仏塔に行くと、かなり古く大きい仏塔のようだ。 こちらも100年以上前に建てられたもの。 よく見る黄金色の仏塔と違って、白い色の仏塔も良いものだと感じた。 中洲にある海軍要塞跡地の島には、この...

タイ パタヤ 下町の庶民に混じって、バックパッカーが物価高を克服する方法

イメージ
若い頃、パタヤには、よく遊びに行った。 タイを知る独身男性なら、誰もが一度は訪れる悪徳と肉欲に汚染された街、パタヤ。 本能的に自らの欲望に、忠実な男と女。 バーで日常的に繰り広げられる、生身の人間同士の、ぶつかり合い。 お金だけを求め続けるタイ農村女性や、ベトナム出稼ぎ女性の貪欲さに、驚嘆させられることが多かった。 昔も今も、旧約聖書に出てくる、悪徳過ぎて神に滅ぼされた街(ソドムとゴモラ)のような性格は、全く変わらない。 バブル期には若い女を買う日本人が目についた。 それが今は、インド人やロシア人・中国人が、主なぼったくりの対象となっている。 三毛も中高年になり、異性に対する昔のようなガツガツ感は、もうすっかり無くなってしまった。 今回は、観光地価格で物価の高いパタヤ中心部には泊まらずに、純粋にビーチリゾートとグルメだけを楽しむことにした。 一抹の寂しさを感じるが、加齢に応じた背伸びをしない旅も、良いものだ。 かつて、私がよく泊まっていたソイ・ブッカオのサワディーホテルは、既にオーナーが代わって改装し、別のホテルとなっていた。 値段も750バーツ(3750円)と、かつての2倍以上に高騰。 円安タイバーツ高を加味すれば、昔の3〜4倍以上はする。 一泊2000円以下で、エアコン付きの個室に泊まれる場所は、もう中心部にはないだろう。 2週間の滞在期間中に、最初はカーテンで仕切られたブースで仕切られたドミトリー宿に、仕方なく泊まっていたが、南京虫が出て、深夜に噛まれたので、すぐに宿を変えた。 下町の内陸部にあったビックCに近い地区を、くまなく歩いて宿を探した。 そこで、裕福なドイツ人とタイ人妻がやっている4階建てのアパートを見つけ、長期滞在することにした。 値段はなんと350バーツ(1750円)、マンションの最上階、エアコン付き個室である。 広さは1DKほどで、シャワートイレも室内にあった。 歓楽街から離れているので、夜も静かだった。 久しぶりに、安いフェリーに乗って、ラン島まで行き、海でのんびりできた。 居心地が良く、それから1週間近く、この内陸部の宿に泊まって、パタヤに滞在。 ラン島は、海の色も昔と変わらず綺麗だ。 弁当や水をビーチに持参すれば、物価の高いパタヤでも、お得に楽しめる。 安く過ごすコツは...