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世界遺産の城塞都市ブハラ ①

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世界遺産の城塞都市 ブハラ ウズベキスタンは中央アジアのスタン系国家の中で最も西に位置する国家です。 一番有名な都市は青の街として名高いサマルカンドだが、再開発が進み、本当に良い古い街並みが失われていました。 ブハラには、まだ古い建物が多く残っており、私はこの町が気に入りました。 こういう近代化の波に荒らされていない街には、良い骨董や民芸品が残っているのです。 ちょっと街を散歩してみましょう。

キルギス経由でウズベキスタンに到着

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キルギス経由でウズベキスタンに到着 カザフスタンで骨董を探しましたが、ロシア共産主義時代の日用品が中心で、お宝を見つけることができません。 ロシアは西洋に対する憧れが強い国なので、ヨーロッパアンティーク風の人形やブリキの皿、スプーン、フィルムカメラなどの生活用品が中心でした。 軍隊が使用するホーローの白いコップのように、実用本位で作りは無骨なのは面白いのですが、収集欲は掻き立てられませんでした。 キルギスも同様のため、観光だけにしてウズベキスタンに入りました。 首都のタシケントはロシア共産主義の建物も目につきますが、カザフやキルギスとは少し街の雰囲気が違います。 中世からの古いモスクや、イスラム教の神学校がたくさん街中に残っているのです。 期待を胸に西に進み、中世の面影をそのまま留める世界遺産の都市ブハラ にやってきました。 (日干し煉瓦の町と城の正門) (キャラバンサライの面影を留めた宿) 中国やロシアの文化は見られません。 全く違う、シルクロードの中央に位置する地域です。 イスラム文化の豊かさに心が奪われます。 この町なら何か、土着の掘り出し物が見つかる予感がしてきました。  

カザフスタンに初入国

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 カザフスタンに初入国 何かと面倒な中国のウイグル地域から何とか脱出し、旅の目的地である中央アジアにやってきました。 今まで東南アジアで数多くの国境を陸路越えしてきましたが、中国とカザフスタンの国境越えは文化の違いが今までで一番大きかったです。 一言で言えば、中華文明からロシア・ヨーロッパ文明へ社会がガラッと変わっていました。 百聞は一見にしかず。写真をご覧ください。 (アルマトイの住宅街) アスファルトの並木道に古びた共産圏のアパートが無機質に立ち並んでいます。 (アルマトイの公園) ロシア共産時代の偉人の肖像が公園には至る所にあります。 (前の大統領 ヌルスルタン・ナザルバエフ) 政府の建物はヨーロッパの宮殿風の作りです。 (銀行のATM) なぜか歩道の脇に剥き出しで4台並んでいました。治安は良いと見ていいでしょう。

中国とカザフスタンの国境で拘束された話

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中国とカザフスタンの国境で拘束された話 中国のウイグル最西端の街であるイーニンを出発して、コルガス国境へ向かいます。 この国境が曲者でした。 私は徒歩で直接国境の検問所に行ってしまい、門の前にいた警察官に拘束されてしまいました。 迂闊にも、私は事前に国境越え情報を入手していなかったのです。 この国境は本来、バスでしか国境を陸路で移動できない決まりでした。 検問所にはあからさまに外国人を見下す、ウイグル人の警察官が一人いて、私を苦しめました。 私は彼に連行されるときに、猫のように首根っこを強い力で掴まれました。 どうも三毛を日本からのスパイではないか、疑っているようです。 彼に問答無用でパスポートを取り上げられ、パトカーに押し込まれて、近くの警察署に連行されました。 そこで2時間ほど取り調べを受けました。中国人の上司がもう一人ついて、彼は紳士的でした。 取り調べには素直に応じたので、暴力的な行為はありませんでした。 彼らには中国語しか話せず、英語がほとんど通じません。 中国にとって、外部に流出すると都合が悪い写真がないか、カメラの写真を全てチェックされます。 どうもアメリカとウイグル問題で確執が起きており、ウイグル地域の警察はピリピリしていたようです。 もちろん三毛はスパイでもなく、ただのバックパッカーなので、流出して困る写真は一枚もありません。 その後、勘を頼りに間違いに気づきます。 バスターミナルまで徒歩で戻り、無事に国境越えのバスに乗ることができました。 国境の町は、すみやかに移動するに限ります。とにかく最新の陸路越え情報を必ず準備しておくことが肝心です。 バックパッカーとしての基本を見落としてしまい、迂闊でした。 何とか無事に中国をビザ期限が切れる当日までに脱出できました。 やれやれ・・・。

コルガスの博物館

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中国とカザフスタンの国境 コルガスの博物館 ウイグル地域を西に向かい、旧ロシア連邦国家であるカザフスタンへ陸路で入国するため、中国側の国境の町イーニンに着きました。 ここはコルガス地域と呼ばれ、天山山脈の麓に広がる中央アジアのオアシス都市です。 早速、博物館を訪れました。 ここは、中央アジアで発掘された銅製品の所蔵で有名です。紀元前4世紀から紀元前1世紀の銅剣が展示してありました。 下の写真は、銅刀です。ウイグルナイフの原型と言われており、上の写真の銅剣よりも、造られた年代は古い です。 紀元前4世紀から紀元前3世紀のものだと言われています。 興味深いのは、蒙古刀の展示がありました。 モンゴルから移住した遊牧民が、この地方に住んでおり彼らが使用していた品物です。 チベットにも似たような形状のナイフがあります。 火打ち石に打ち付けて、火花を起こすための平らな金具がついているのが特徴です。 中央アジアでの遊牧民文化が、国境を超えて広まっている様子がよくわかります。 とても面白く、良い展示内容でした。

ウルムチのB級グルメ

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ウルムチのB級グルメ 海外旅行の楽しみの一つが、現地での食事です。 三毛はマクドナルドや、KFCなどのフォーストフードは普段食べません 。 中国本土では快食という作り置きの惣菜に、ご飯とスープが付く定食屋さんが、どの町にもあります 。 ステンレス製の定食プレートにご飯と3品ぐらいのおかずを自由に選んで、10〜15元ぐらいの値段です。 日本円にすれば250円前後という安さで、本格的な本場の中華料理を食べることができます。 おかずは、その地域ごとに特色があるので飽きがきません。もちろん人混みができている人気店を選ぶのが鉄則ですが。 いろんな国を旅したが、食に対するこだわりは中国が一番だと思っています。 中華料理は世界3大料理の一つとして有名ですが、どんなに安い店に行っても、まずいと思ったことは一度もありません。 おかげで、中国本土を旅行すると三毛の体重は増えます。 ところがウイグル地方から中央アジアを旅すると、途端に食のバリエーションが狭くなります。 イスラム文化が濃くなるため、豚肉が使えなくなるからでしょうか。 また内陸部で農業用水が豊富に使えないため、米から小麦を使った麺やナンに主食が変化します。 そんな中で唯一、ウルムチでよく食べられる米料理がプロフです。 羊肉と人参や玉ねぎの炊き込みご飯です。これは人気店で20元ぐらいでした。 油飯に近い感じです。ラードでギトギトなのが、好き嫌い別れるところです。 ここ中国でも最近の物価上昇は激しいです。 一回の食事代も、3年前の中国旅行から2〜3元ぐらい値上がりしていました。 その影響か、物乞いがウルムチにも数人いました。みなウイグルの老人でした。 中国本土の地方都市でも、漢民族の老人がバス停の周りで物乞いをしていたのが気になりました 。 少子高齢化と財政状況の厳しい日本でも、将来同じような光景を目にすることになるのだろうと思いました。 まだ経済に勢いのある中国よりも、日本の将来の方が実は状況はより深刻なのです。 最近の円安による輸入インフレで日本でも驚くほど物価が上がっています。 まさに不況下の物価上昇、スタグフレーションです。この老人の姿は私にとって人ごとではないし、三毛の数年後の姿かもしれません。

ウルムチ市内の再開発

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ウルムチ市内の再開発 ウルムチを訪れるのは2回目ですが、20年前と比べて、街の活気がなくなった印象を受けました。 鉄道や高速道路の発達で、中国人の西域進出が活発化した結果、漢民族の文化が街中に目立つようになったのです。 再開発で古いモスクや寺院が次々と取り壊されているのを、今回は目の当たりにしました。 加えて、街中は監視カメラだらけです。 モスクの入り口には、身分証をチェックする自動改札機が置かれており、監視を恐れて集団礼拝をする人は誰もいませんでした。 街中では頻繁に警察や公安の車両が巡回し、小規模な交番が至る所に設置されています。 イスラムの影響を受けたでウイグル文化が衰退し、中国沿岸部の巨大都市と変わらない街並みになってしまいました。 (ウルムチの街並み) 再開発後のウイグル風の建物には、何の魅力も私は感じません。 数百年の歴史のある建物や寺院を取り壊して、その跡地に新しいウイグル風の観光テーマパークが造られても、目の肥えた外国人観光客の心には全く響かないと思うのですが・・・・。

ウルムチの省立博物館 ③

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 ウルムチの省立博物館 ③ 紀元前2800年頃にウイグル地方で生活していた古代遊牧民の衣装です。 帽子と靴、革製のレプリカだと思います。 西暦25年から200年の間に作られたと推定されるネックレスもありました。 こちらは本物です。メノウや半貴石が材料です。 一番左のネックレスは漢字が彫られていて、ウイグル地方に後漢王朝の文化が流れ込んでいたことを物語っています。 三国志時代の馬超が軍閥として有名ですね。羌族の騎馬部隊は雄強で恐れられていました。 当時の矢もありました。

ウルムチの省立博物館 ②

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 ウルムチの省立博物館 ② ウイグル地方の古代遊牧民の衣装ですが、アクセサリーの展示もありました。 (古代遊牧民の女性イメージ像) (白玉が素材の杖取手) (金の首飾り 後漢 三国志時代) (木製の櫛と銅鏡 後漢 三国志時代) いつの時代でも、女性は身だしなみに気を配っていたようです。コンパクトミラーの原型とも言えるでしょう。

ウルムチの省立博物館 ①

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ウルムチの省立博物館 新疆ウイグル自治区の省都は烏魯木斉(ウルムチ)というところです。その省都にある地方博物館にやってきました。 からっと晴れて、とても良い天気です。湿度は低く、内陸部にやってきた感じがします。 ここは古代シルクロード時代から東西交易の中継都市だった歴史があります。展示品を見てみましょう。 (騎馬部隊兵士の銅像) 紀元前2500年頃に製作された兵士の銅像です。弓を構えて撃つ姿を表しています。 こんなに高度な鋳造技術を持っていたなんて、すごいと思います。 日本はまだ縄文時代で、竪穴式住居で石器生活をしていました。 (青銅製のナイフと菱弓の金具) 左から二番目が弩級と呼ばれるクロスボウの金具です。当時は世界最先端の飛び道具だったのでしょう。 (ウイグル地方の遊牧民の衣装) 衣装もおしゃれで、現代のファッションと遜色ありません。