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夏の重慶は地獄の暑さ

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夏の重慶は地獄の暑さ 2018年6月下旬、LCCの春秋航空日本を使って、成田空港から中国の重慶に飛びました。 航空代はクレジットカード手数料込みで8500円ほど、コロナ前とはいえ激安です。 その代わり、機内に持ち込む荷物は7KGまでとキツイ制限があります。 荷物対策としては、薄手の40リットルほどの中国製ポリエステル素材のリュックを持っていきました。 日用品は現地購入し、使わなくなった古着を使い潰して、現地で捨てる予定です。 リュックはノーブランドですが、500グラムほどの重量で軽く、私にはこれで十分です。 朝自宅を出たのですが、東京は6月下旬だと、ちょうど梅雨があける前の季節で、半袖でまだ快適に過ごせる季節です。 それが、飛行機が重慶に到着して搭乗口に降りた瞬間、ムアッとする湿気と熱気に体がつつまれました。 まるで、サウナの前室に入ったような感じです。 重慶国際空港には14時30分に到着し、市内に着いたときは16時過ぎでした。 夕方になって日が暮れても、湿気がものすごく、ちょっと歩くだけで汗が噴き出ます。 目的地は中央アジアのスタン系国家3か国です。ゆっくりと観光して美術品を探すため、 帰りの飛行便は取ってません。 でも帰りも重慶からの予定なので、こんな暑い時期に観光するのは無理と判断して、より涼しい地域にすぐ北上することにしました。 宿に荷物を下ろして、さっそく明日の鉄道切符を買いに、重慶駅に向かいました。 地方の三国志の史跡に行き、まずは現地の美術品を見てみようと思います。 夕暮れの下町です。さすが川沿いに造られた街で、坂道や階段が多いです。 風情がありますね。 中国のおじさんは、夏になると腹を出して、歩く人もいます。 通称「腹だし族」ワイルドですね。 地下鉄のホームレス、パンツしか履いてません。 この自由さ、もう何も失うものなどないという「いさぎよさ」に、同じ男性として一種の羨望を感じます。

手織り絨毯を探す旅 序章

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手織り絨毯を探す旅 序章 私は昼寝が好きです。 ご飯を食べた後、こたつに横になってウトウトするのは、お金もかからず手軽にリラックスできる庶民の贅沢です。 その昼寝の時に、床に敷くクッションがありませんでした。クッションといえば、絨毯がいちばんです 。 丈夫な手織り絨毯がほしいと思ったのが、2018年の4ヶ月にわたる中央アジアの旅のきっかけでした。 何十年も昔、初めて中国の新疆ウイグル自治区を旅行したときに、座布団サイズの絨毯を買ったことがありました。 買った場所は、和田(ホータン)というタクラマカン砂漠の南にある小さな町の絨毯工場です。 わたしは当時まだ大学生で、大きなサイズの手織り絨毯を買うお金などありません。 そこで、一緒に旅をしていたシンガポール人の友達に中国語で値切ってもらい、50ドルぐらいの、バラと唐草模様の絨毯を買いました。 絨毯の専門知識は、全くありませんでした。ただ絨毯に使われた羊毛が長く、ふかふかしているのを気に入りました。 日本に持ち帰って座布団がわりに使えば便利かなと思ったのが、購入の理由でした。 あれから40年近く使用していますが、とても丈夫で、糸がほつれた箇所はありません。良い買い物でした。 中国の絨毯は、中国段通と言われています。特にホータンの絨毯は、使用されるウールの毛が長く、厚みがあるのが特徴です。 絨毯といえば、世界的にはイランのペルシャ絨毯が有名です。 中国段通は、3000年以上前にイランからシルクロードを通って中国に伝わり、そこで独自の製法が確立したと言われています。 つまり絨毯の作り方が違うのです。 ペルシャ絨毯は縦糸と横糸を交互に結んで、ノットを作ってから編み上げます。 一方の中国段通は、横糸を縦糸に通すだけで結んでいないのです。だから耐久性に劣ると言われますが、メリットもあります。 絨毯を職る人が、結び目を省くことで早く作れ、値段が安く作れるのです。 今回、シルクロードを再訪する上で、ペルシャに近い国である中央アジア諸国で絨毯を買いたいと思い、中国の重慶に飛びました。 (続く)

インド 生命力あふれる野良猫

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 インド 生命力あふれる野良猫 猫好きの皆様、お待ちかねの野良猫シリーズ第3回。インド編です。 東南アジアとは違い、インドでは街中で猫を見かけることが多くありません。 野良猫の代わりに、街中に人間が飼っている牛や野良犬がいます。 今のインド人は生きて行くのに必死で、ペットとして猫を飼える余裕がまだないのでしょう。 猫もひどい交通事情や、野良犬に食べられるなど、生存競争が激しいようです。 過去5回、インドに渡航した記録の中で、確認できたのは、この2匹だけでした。 (インド コルカタの野良猫) シャーと威嚇されました。 (インド コルカタの野良猫) 近くにホームレスが酒に酔って倒れていた。出勤途中の労働者は全員無視して素通り。 その悲惨な現状を見て、なんとも言えぬ悲しい表情を見せる猫。 そして、その傍らにあったマザーテレサのメッセージ。

インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑫

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インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑫ 取手の蓋を開けた写真です。 時代が古く、中に何が入っていたのか、今ではよくわかりません。 これはガンメタなどで、人工的につけた錆ではありません。 内部も外と同様の錆がつき、同じ具合に変色しているからです。 この錆具合からすると、店主が昨日言ったように、100年以上前のものかもしれないと思いました。 電気のない時代に近くの城の通路や室内で、灯火を灯し続けてきたものでしょうか。 このずっしりした重さと、小さくて可愛らしい形のアンバランスが私の好みをくすぐりました。 「いくらに負けてくれるの?」というと、思いがけない返事が返ってきました。 「5ドルでいいよ。お前、お金ないんだろ。」 紅茶をおごって、粘り強く30分も待った甲斐がありました。 この大男の店主は、話をすると先代からの息子で、骨董収集には関心がないようでした。 アンティーク に対する思い入れが、そもそも欠けているのを私は 感じました。 それよりも、地域で捨てられた保護犬の活動に熱心に取り組んでいるとのことでした。 インドで捨てられる飼い犬の現状を、10分ほど熱心に教えてくれます。 彼は商売よりも、他人との縁や動物との絆を大切にする優しい性格の人でした。 彼の言い値で買い、同時に子犬のための募金箱にも、寄付をして「ありがとう。」と言って店を去りました。 いま三毛の手元にありますが、これは非常に使い勝手の良い骨董品です。 時代を経た真鍮の錆びが、独特の存在感を放ち、室内のインテリアとしても重宝しています。 特にドライフラワーとの相性がよく、殺風景な室内を 華麗に明るくしてくれる逸品です。 (終)

インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑪

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インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑪ 手のひらにすっぽりと収まるほどのサイズですが、使われている真鍮の金属は厚く、ずっしりとした重さです。 真鍮のさび具合も、相当年季が入っています。 胴体部分には紐を通す穴がついた取手が3つあります。 上の写真はちょうど真裏の部分です。 紐を通す穴が3つあることから、机に置いて使えるようにしただけでなく、壁から吊り下げて使用されたと考えられます。 私は最初、この真鍮の小さな壺を見たときに、インク壺だと思いました。 しかし、インク壺は西洋では透明のガラス製が一般的です。 インドはかつてイギリスの植民地であり、インク壺は西洋の文化を代表するものなので、舶来施工が強いインドでも、ガラス素材はそのまま使われるはずです。 また、ガラス製インク壺の 利点は、インクの残量が一目でわかることです。 中身が見えない真鍮製の壺を、インク壺とするのは合理的ではありません。 そこで私は考えました。 これは携帯式の灯火具ではないかと思います。日本では灯明皿とも言いますね。 中に菜種油を入れ、綿できた灯芯の糸に火をつけることで、明かりをとるために使われた物だと思います。 日本でも江戸時代に、行燈として急速に普及しました。行燈は 灯明皿の周りに和紙をはってある物ですね。 底の部分です。地面や机に置いても、倒れないように3本の足がついています。

インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑩

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 インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑩ 店の中に入りました。 暑い国インドでも、季節は冬。部屋の中は、まだ寒く、朝の湿気がこもっています。 部屋の中には、骨董屋の店主が父親の代から、集めてきた骨董品が所狭しと並べられていました。 古い真鍮製のネックレスや、絵画が飾られています。 この骨董店で一番、目についたのは、真鍮製の日常生活で使用する骨董でした。 無造作に置かれていますが、日本ではまず入手できないお宝が隠されています。 それが奥の棚に、無造作に置かれて埋もれています。 彫刻の置物が圧倒的に多かったのですが、中には真鍮製の古い花瓶や皿などもありました。 一点一点は小物が多く、作られた年代もまちまちです。 お目当ての骨董品は、左側の棚の、一番上にありました。 それがこれです。 何だか分かりますか?

インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑨

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インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑨ 翌朝になりました。 インド旅行の楽しみの一つは、朝起きたてに飲むミルクティです。 通称、チャイ。各地方で微妙に味が違います。 使われる水や紅茶の葉、スパイスが微妙に異なるのです。 昔は一杯3ルピーが定番でしたが、インフレの影響でほとんどの所で5ルピーになりました。 都市部のビジネス街では、10ルピーの所もあり、びっくりした思い出があります。 ここオルチャは、さすがに田舎町なので、まだ5ルピーでした。 通りを行き交うインド人をみながら、ぼーっとしてチャイを飲んでいると、昨日出会った骨董屋の店主が私を見つけました。 かわいい子犬を連れています。 挨拶早々、チャイを奢ってくれないかと私にいってきます。 昨日私にさんざん 吹っ掛けたのに、図々しい男です。 でもチャイは20円もしない安い値段で断る理由もないので、一緒に彼とチャイを飲むことにしました。 ところが骨董屋の店主は、ほとんど僕には興味を示さず、チャイを受け取ってから、他の村人とばかり喋っています。 どれだけ、しゃべるのが好きな男なのでしょうか。 いろんなテーブルに行き、自分から喋りかけているので、一部の村人からはウザがられていました。 体格の良い大男なので、邪険にはされていないようでしたが。 チャイを飲み終わり、宿に戻ろうとした時、骨董屋の店主は僕を呼び止めました。 「昨日、お前が欲しがってたあのインク壺、安く譲ってやるよ。」 「だからもう少し、俺が飲み終わるまで待ってろよ。」 100ドルの壺がどのくらい安くなるのか、疑問でしたが他にやることもなかったので待つことにしました。 なんと30分も! 大男の店主は満足したのか、僕をみて一緒に店にこいと言いました。 5分ほどして、昨日訪問した店につきました。 ちょうど店主は、入口の扉を上げる所です。

インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑧

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インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑧ この村では、日用品として昔から真鍮製品が多く使われてきたようです。 その影響もあって、今でもカレーを盛り付ける大皿や水差しは村の中でよく見かけます。 女性が額につける染料の粉が入った器(ビンディ入れ)も真鍮製品で、村の商店で売られていました。 私が探している金属製の生活骨董も、この村に埋もれている予感がしました。 そこで骨董屋がないか、村を歩き回って丹念に探します。 でも、さすがにここは田舎町。しかもアグラやバラナシのように、有名な観光地ではありません。 夕方、宿に戻る前に小腹が空いてスナックを食べようと、ある路地に入りました。 そこでは鉄板焼きで、小麦粉をつぶして、そこにダール豆や玉ねぎを入れて炒めたものを出しています。 香ばしいにおいに惹かれ、私も注文しました。注文がある毎に、具材を丁寧に炒めていきます。 カレー味のお好み焼きみたいな感じで、美味でした。 その屋台の隣の店が、犬の保護センターになっていて、鎖に繋がれた子犬が遊んでいました。 食べ終わったあと、子犬と遊ぼうとその店に行くと、ショーウインドーがあり古そうな道具が展示してありました。 ちょうど店じまいをしているところで、軽く店内を拝見しました。 すると古そうな真鍮製品があるではないですか。 ちょっと気になる一品があったので、店主のいかつい大男に聞いてみました。 「100ドル」と真鍮製品としては、予想外に高い値段。100年以上前に、王宮で使われていたものだからと、吹っかけてきます。 貧乏旅行者でそんなお金はないよと言って、そそくさと退散しました。 それでも、欲しかった真鍮製品を頭に焼き付けながら、宿に戻りました。

インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑦

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インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑦ ゴールドやシルバーといった高価な素材が購入できない庶民は、それに変わる金属を日常生活に取り入れました。 それが真鍮(ブラス)です。日本の5円玉が真鍮製ですね。インドでは古くから真鍮製品が、生活の中に取り入れられてきました。 オルチャの真鍮の生活用品を扱う雑貨屋 真鍮は銅と亜鉛の合金でできていて、黄銅とも呼ばれます。 特に亜鉛が20%以上のものを指します。亜鉛の割合が多くなるに連れて、色が薄くなり赤みを帯びてきます。 日本の5円玉が黄銅製ですね。真鍮の特徴は延性に優れているという事、つまり熱により様々な形に加工しやすい金属と言えます。 インドではカレーを盛る皿、水差しや調味料入れ、ヒンズー教の祭壇に飾る神様も真鍮で作ります。庶民の生活に欠かせない金属です。 (次回へ続く)

インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑥

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インド 古都オルチャ 生活骨董を探す旅⑥ 昔の庶民のおしゃれ。その答えは、今の民芸品売り場にありました。 城のお姫様は職人が仕立てた黄金や銀の装飾部、高価なシルクの衣装で身を飾りました。一方の庶民階級は、そんな高価な素材は絶対に手に入りません。 当時の村娘は素材が安価な綿や木綿でも、それを自分で鮮やかな色に染める事で、見栄えのする衣装を作ったのです。 手間暇をかけて自分の好きな刺繍や、色鮮やかなパッチワークをして、華麗な一点物を作ることで、見事に王族の豪華さに対抗したと言えます。 お金がなく見栄えしない材料しか買えないというハンデを、刺繍やパッチワークの手間暇でカバーしました。自分だけのブランドを作る事で、一点物の美を追求したのです。 その伝統技が今日まで、この地域には代々引き継がれていました。 オルチャの土産物店にあった刺繍のバック オルチャの土産物店にある玄関に、このバックは飾られていました。 花模様の刺繍に子安貝のブローチをアクセントとして添えています。見事な工芸作品です。 (次回へ続く)